2014年7月15日星期二

制度化

 胡錦濤は、最後まで江沢民の影響力から逃れることができなかった。しかし、胡錦濤は、江沢民の影響力の下でも改革を進めようとしていた。その内のひとつが、江沢民が進めた「反日愛国主義教育」の行き過ぎの是正である。taobao

 胡錦濤は、江沢民が中国全国に建設した「愛国主義教育基地」の数をさらに増やしている。と言うと、反日教育をさらに推し進めたように見えるが、胡錦濤が 建設した「愛国主義教育基地」には抗日戦争に無関係のものが多く含まれていた。例えば、人民解放軍が農民のために建設した用水路等である。胡錦濤は、愛国 主義教育に占める「反日」の濃度を薄め、「愛国主義=反日」の構図を変えようとしたのだ。

 さらに、人民解放軍の汚職を減少させるために、装備品の中央調達化も進めようとした。胡錦濤が進めようとしたのは制度化である。トウ小平が開始し、江沢民が逆行させた制度化を、忠実に進めようとしたのだ。しかし、胡錦濤の制度化には限界があった。

 2012年11月の第18回党大会において、胡錦濤は全ての権力の座から退いた。江沢民のように中央軍事委員会主席の座にしがみつき、影響力を行使しよ うとはしなかった。2012年9月の日本政府による尖閣諸島購入後、人民解放軍から胡錦濤に対して「中央軍事委員会主席に留まるよう」要請があったが、胡 錦濤はこれを断っている。

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